読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

真鍮の止まり木

帰ってくるところ、飛び立つところ/初めての方はカテゴリーの「初めに」をどうぞ

近況報告とか、不安定だとか

 お久しぶりです。楢ういのです。

 突然ですが、つい一週間ほど前に、愛犬が亡くなりました。13歳で、人間で考えたらもう随分とおじいちゃんだった、そんな子でした。

 私は、諸事情があって実家に居なかったので、その子に会えたのは、亡くなってから4日が経った後でした。真っ白な、けれど所々茶色かったり水色だったりする、遺骨に対面して、そうして、私は、ようやく、あの子が居ないのだと認めざるを得なくなりました。

 その後もまた体調を崩したりこころも不安定になったりして、まぁつまりガタガタだったわけですが、最近は、少し落ち着いてきただろう、そうであってほしいと思っています。正直わからないんですよね、あの子の行く先を不安に思っていなかった、無邪気な頃の自分が一体どんなふうに人生を生きていたのか。その再現がちっともできそうにない。

 遺骨、まだ残っているんですよ。おそらく、今週末に家族で庭に埋めることになるんでしょうけど、なんだか、まだどこか気持ちがふわふわと定まっていない感覚がしています。

 本当は、たくさん、言いたいこと、上手く言えなくてでも言いたいことが、たくさんあるんですよ、いっぱい、たくさん。でも、私は、どうやって、誰に、どういう言い方で言っていいのか、とわからなくなってしまうんです。

 あの子がいなくなったことを、多分もっと話したいはずなんですよ。悲しいよね、とか、忘れられないよね、とか、今でも泣きたくて泣きたくてしょうがないんだよ、とか。でも、音にはなってくれない。

 「あの子がいなくて、静かね」って言われて、「そうだね」としか言えなかったことが、今でも魚の小骨みたいに、喉に詰まっている感じがします。そのとき、本当に「そうだよね、寂しいよね」って鸚鵡みたいな返ししかできなかった。びっくりするくらい、家族の悲しみをなぞったような言葉しか、私には吐けなかった。そのときのことを考えてしまうのですが、そうすると、私、辛いこと、ちゃんと辛いって顔で、辛いって表情で、辛いって話し方で、語ってよかったんじゃないかって、そうやってみっともなく泣いて喚いてぐずって聞かん坊をやって、あの子を悼んでやるべきだったんじゃないかって、今でも思ってしまいます。でも、結局言いそびれてしまって、というかそもそも言う機会さえ失ってしまったので、ただ今はその蟠りをどうしてあやしてやろうとふわふわ思うだけなんですが。

 慰めてほしいわけじゃないし、何かそういう言葉を聞きたいわけでもないんです。ただ、ただ、心ここにあらずな今の状況がふわふわし過ぎている気がして、だからか、不安になってしまいます。

 ふわふわして、行き着くのはいつも「あの子のこと、大好きだったなぁ」なんて、独りよがりの思いばかりなんですよね、そういうのばかりが膨らんでしまう。

 「大切な存在の不在」を、どのようにしたら受け止めきれるんでしょう。時間が、本当に解決してくれるんでしょうか。全く、そういう答えが聞きたいんじゃないんですけど、そういうもんなんでしょうか。

 いつも以上に湿っぽい日記になりました。まぁ、これからもぼちぼちやっていきます。