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真鍮の止まり木

帰ってくるところ、飛び立つところ/初めての方はカテゴリーの「初めに」をどうぞ

ものを買うこと、衣食住を満たすこと

 昨日服を買いました、ほとんど1年半ぶりに新しい服、というかもっと具体的に言えばトップスを買いました。ちょっと感慨深いです。

 なぜ今まで1年半もの間新しい服を購入しなかったのかというと、自分の置かれた環境としてどうしても「新しいものを増やしにくい」場所に今暮らしているからでした。本音を言えば、できることならもう少し我慢して、買わずに済ませてしまいたいとさえ思っていました。

 じゃあ、なぜそういう状況なのに新しい服を買ったのか、と言われれば、「それが必要だったから」です。というのも、実は私は来週から長期(具体的には1週間ほどかけて)旅行に行く予定なので、そのために必要な衣服を揃える必要があったんです。あれだ、1週間絶えられるだけの服を持っていないの致命的すぎるなと反省したよ……何しているんだろうなとはたびたび思いましたが、まぁ余談です。随分と状況は変わったよなぁと少し冷めた目で見てしまう自分がいます。だって、昔は持ちすぎるほど持っていたのに。今では質素倹約ばかりを気にして生きているような気がします。それがそんなに嫌いというわけではないのですが。

 ともかく、がっつりと服を買いに行ったのは1年半ぶりのことでした。本当は、仕事を初めてから1度ジーパンを数着買ったりしたのですが、それは嗜好としてではなくあくまで仕事のためでした。なので、今回の買い物とはちょっと意味合いが異なるだろうと私は思っています。

 それで、今回の買い物ではトップスを重点的に選んで買いました。向かった先は徒歩20分ちょっとで着くような都市の中心街ではなくて、ちょっとだけ遠出をして、それなりに大きなショッピングモールまで足を運びました。そこで数多あるショップを見て回り、超安価なトップスを数着購入し、私の買い物は終了しました。

 買い物を始めたときは、正直自分の好みなどあまり考えてはいませんでした。とにかくいますぐに新しい服が要る、なんでもいいから安いものを買ってしまおう、貯金も少ないことだし。そう思ってはじめの数着を選びました。それが二日前のことでした。

 で、昨日なんですけど、実はまた同じショッピングモールまで出かけていました。ええ、同じショッピングモールにそれなりの交通費出して行ってきましたよ。え、なぜ同じショッピングモールに行ったの、という疑問にお答えしますね。店員が無断持ち出し禁止用のマグネットを外し忘れたからです!!!! 私だって袋から取り出したときびっくりしたし、どういうことだよと思ったわ。まぁそれはいいとして、いやよくはないんだけど、とにもかくにもそんなわけでまた同じ店に出かけました。二度手間です、まごうことなき。でも、そう悪いことばかりでもなかったんですけれど。

 そういった事情から、私は昨日また買い物に出かけました。正直、行くまでは楽しみよりも面倒な気持ちの方が強かったです。だるいなぁとぼやいていました。そうして、2日前に行った同じショッピングモールに出かけて、2日前にも足を運んだ見覚えのある店までたどり着き、2日前も見たよなという店員に事情を説明して、購入した服のマグネットを取ってもらいました。そして、ああ、今日の任務完了だなと思ってほっとしました。そんなときでした。私はとあるお店に目をとめました。

 あれ、こんな店昨日見たかな、とそのときの私は思いました。2日前、このショッピングモールであれだけ歩き回ったのに、私はなぜかそのお店だけを見落としていたのでした。真っ先に目が言ったのは価格帯。店頭に並べられたトップスの価格表示を見てすぐにここは安いと思いました。値段の安さが私を引きつけました。そして何よりも魅力的だったのは、お店の服のデザインが総じてかわいかったことでした。いや、本当にかわいかった。それで、ああ、私の好きなタイプの服を取り扱っているお店なんだとわかると、もう足は止まりませんでした。迷わず店内へと入っていき、服を見て回りました。

 私の任務は終わっているのだから余計な服を買う必要などなかったはずでした。でも、そのときの私はただただ自分の好きな服を見て回りたかった、これという服を選びたかった。不思議な心地がしていました。そのときまではちょっとした遠出で些か疲れており、服選びなんて楽しいとも思えないしむしろ自分を疲れさせる要因の一つでしかないのだと思っていました。それに、私は昔から自分を着飾ることがあまり好きではありませんでした。なぜなら、「服を買う」という体験にあまりいい思い出がないからでした。

 幼いころ、私は母親とよく服を買いに行っていました。うちの家計は全て母の収入で持っているようなところだったので、母親、というかもっというと母親の財布がないと何も買えなかったようなおうちでした。そんな事情のせいか、私は実家に住んでいたころ、「服が欲しい」と能動的に思うことはあまりなく、いつも「そろそろ新しい服必要なんじゃない?」という母の言葉があって、「そうだね、そろそろ必要かもね」となってから動き出していました。無駄なものは必要ないと常日頃言うような母親で、私は無邪気にそんなもんだと全てを鵜呑みにしていました。で、やっぱりそういう昔からの癖ってなかなか抜けないものなんだなぁと思います。今でも、こうしてぎりぎりになって「必要だろ! 動け! 死ぬぞ!」と発破をかけないと私はなかなか動き出せません。自分をあやしたり宥めたり叱ったりしながら、もう少しいい塩梅にしたいとは思っているし、多分今後5年ぐらいの人生目標の一つとしておきたいので、そのうち傾向と対策を練りたいと思っております。

 そうして私は、「余計な服」を買いに行く必要のないお店へと入りました。そこにはかわいいがあふれていました。自分は個人的にドットやストライプのデザインが好きで、色合いもクリーム色とか紺色とか、服ならそういう系統の色味を好んで買う人間です。そして、そのお店には自分の好みの服ばかりが売られていた。感激した、ああ、凄いと。凄い、大体全部好きだ、好みだ、しかも手頃な値段、私でも手が出せる、嬉しい、最高じゃねぇか。そういう夢見るような気持ちで服を見て回っていました。

 それから30分後に、そのお店で私は1着だけ服を買いました。買う必要なんてないのになと、だけど私が好きで好ましくてまぁこれなら旅行でも着れるだろうと思って、1着だけ服を買いました。「それいらないんじゃない? また必要ないもの買って」と誰かが言ったような気がしますが、あんたには関係ないことだよ、とそのときの私は言えたので大丈夫でした。私は、ちゃんと、自分の意思で、自分のお金で、「自分の好きなもの」を手にできたのでした。ブログ記事を書くため今室内でキーボードを叩きながらそのときのことを思い返しているんですけど、しみじみ良かったなぁと思います。私はその経験が愛おしくて堪らないくらいです。

 とまぁ、昨日はそんな小さな喜びを感じることができた一日でした。でも割とへろへろしていました。本当に体力ないな、ほんとにこれで旅行行くのか本気か、と毎日のように思っています。うるさい、行くったら行くんだ、だってもう全部予約しちゃったじゃん、と必死に脳内の自分と戦っています。仕方ないじゃん……。

 まだ旅行の準備ちゃんとできてないんですけど、2日後には旅行を始めます。だいぶ遠いところに、一人で出かけます。楽しみで、やっぱりちょっと怖いし不安です。